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前橋地方裁判所 平成8年(ワ)511号 判決 1998年6月26日

原告

株式会社○○旅館

右代表者代表取締役

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

江村一誠

被告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

辰馬輝彦

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

佐藤隆太郎

右両社訴訟代理人弁護士

島林樹

右訴訟復代理人弁護士

藤本達也

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の求めた裁判

一  被告興亜火災海上保険株式会社は原告に対し、金三八四〇万円及びこれに対する平成八年九月二一日から完済まで年六分の割合による金銭を支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社は原告に対し、金八八〇万円及びこれに対する平成八年九月二一日から完済まで年六分の割合による金銭を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二  事案の概要及び証拠

(以下、被告興亜火災海上保険株式会社を「興亜火災」と、被告日産火災海上保険株式会社を「日産火災」と、原告代表者の甲野花子を「花子」と、その母甲野春子を「春子」という。)

一  本件は、原告代表者花子及びかつての原告代表者で花子の母の春子が被告らとの間で火災保険契約等を締結していた原告の旅館建物等が火災となったところ、原告が、右火災により発生した花子らの保険金請求権の譲渡を受けたとして、被告らに対し保険金と遅延損害金の支払いを請求し、被告らが、保険金の発生を争う等する事案である。

二  争いのない事実等

(以下、認定に使用した証拠等は括弧内に掲げる。)

1  原告は、群馬県前橋市表町<番地略>に所在する建物(木造瓦葺二階建旅館一階223・34平方メートル、二階229・49平方メートル。以下「本件建物」という。)で、○○旅館の名称を使用して旅館業を営んでいたものであり、花子はその代表者、春子は花子の実母(戸籍上は養母)で原告の取締役である(平成八年四月二二日まで原告の代表取締役であった。)。原告の旅館業は後記火災により営業不能となってこれを停止し、花子は小料理屋をしている。

(甲一、八〜一〇、証人春子、原告代表者花子、弁論の全趣旨)

2  花子は興亜火災との間で、次の内容の保険契約を締結し(以下「本件保険契約一」という。)、同保険に適用される約款には次の各規定がある。

名称 長期総合保険(積立保険)

保険契約者及び被保険者 花子

保険の目的の所在地

前橋市表町<番地略>

保険の目的並びにこれを収容する建物の構造及び用法

木造モルタル造瓦葺二階建併用住宅

床面積一六〇平方メートル

締結日(保険料領収日)

平成八年四月一八日

保険期間

平成八年四月一八日から一〇年間

保険金額 三〇〇〇万円

保険料 月額三万四二〇〇円

満期返戻金 三〇〇万円

約款一条 保険金は、火災(消防等により生じたものを含む。保険事故)その他によって保険の目的に生じた損害に対して支払う。

約款一〇条 興亜火災は、次に掲げる事由によって生じた損害に対しては保険金を支払わない。

(1)保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失または法令違反

約款五、一五条

損害保険金を支払う場合は、臨時費用保険金として、損害保険金の三〇パーセントに相当する金額(目的が非住居のときは五〇〇万円を限度)を支払う。

約款六、一六条

損害保険金を支払う場合は、残存物取片づけ費用を、残存物取片づけ費用保険金(損害保険金の一〇パーセントに相当する金額を限度)として支払う。

約款七、一七条

保険の目的またはこれを収容する建物から発生した火災により第三者(被保険者と生計を共にする同居の親族を除く。)の所有物の滅失、き損または汚損したときは、失火見舞費用保険金として、一世帯あたり二〇万円を支払う。

(乙三、二二)

3  春子は日産火災との間で、次の内容の保険契約を締結し(以下「本件保険契約二」という。)、同保険に適用される約款には次の各規定がある。

名称 チャーム保険(店舗総合保険、長期総合保険。以下それぞれを単に「店舗総合」、「長期総合」という。)

保険契約者及び被保険者 春子

保険の目的の所在地

前橋市表町<番地略>

保険の目的並びにこれを収容する建物の構造及び用法

木造モルタル造瓦葺二階建併用住宅

占有面積六六平方メートル内に所在する家財(後に、延床面積五二八平方メートルと補充)

締結日(保険料領収日)

平成六年九月一四日

保険期間

平成六年九月一五日から五年間

保険金額 店舗総合 一〇〇万円

長期総合 五〇〇万円

保険料 店舗総合 一万四六三〇円

長期総合 五一万二七〇〇円

合計 五二万七三三〇円

各約款損害条項一条(以下約款につき特に断らない場合損害条項を指す。)

保険金は、火災(消防等により生じたものを含む。保険事故)その他によって保険の目的に生じた損害に対して支払う。

店舗総合約款二条、長期総合約款一〇条

日産火災は、次に掲げる事由によって生じた損害に対しては保険金を支払わない。

(1)保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失または法令違反

店舗総合約款一条八項、八条、長期総合約款五、一五条

損害保険金を支払う場合は、臨時費用保険金として、損害保険金の三〇パーセントに相当する金額(目的を収容する家具が非住居のときは五〇〇万円を限度)を支払う。

店舗総合約款一条九項、九条、長期総合約款六、一六条

損害保険金を支払う場合は、残存物取片づけ費用を、残存物取片づけ費用保険(損害保険金の一〇パーセントに相当する金額を限度)として支払う。

店舗総合約款一条一〇項、一〇条、長期総合約款七、一七条

保険の目的またはこれを収容する建物から発生した火災により第三者(被保険者と生計を共にする同居の親族を除く。)の所有物の滅失、き損または汚損したときは、失火見舞費用保険金として、一世帯あたり二〇万円を支払う。

(甲一六の1、2、一八の1、2、乙六の1、乙二四、二五)

4  本件建物は、平成八年五月三日深夜に火災となり、その収容家財の全てとともに焼失した(以下「本件火災」という。)。

5  花子は、本件保険契約一により生じた保険金請求権を、原告に譲渡し(以下「本件債権譲渡一」という。)、平成八年七月一三日ころ到達した内容証明郵便で興亜火災に対してその旨通知し、春子は、本件保険契約二により生じた保険金請求権を原告に譲渡し(以下「本件債権譲渡二」という。)、平成八年九月一〇日ころ到達した内容証明郵便で日産火災に対してその旨通知した。

(甲一九、二〇)

三  主たる争点

1  債権譲渡が訴訟信託を目的としたものか

(被告らの主張)

本件各債権譲渡は、次のとおり、原告に訴訟行為をなさせることを主たる目的としてなされたもので、信託法一一条に違反し、効力がない。

すなわち、①花子は多額の債務を負担して支払不能の状態にあったもので、債権者の追求を免れることを企図し、②春子が花子を相手方として抹消登記回復登記手続等請求訴訟を提起しているが、その事件の花子代理人は江村一誠弁護士が受任し、同弁護士が春子から本件保険契約二に基づく保険金請求訴訟を受任することは弁護士法二五条に反するおそれがあり、これを回避して原告から訴訟受任する形式としたいと考え、③春子及び花子は本件建物等を対象とする前橋市農協との共済契約をしており、本件火災による損害につき損害額以上の共済金の支払を受けており、被告らからの損害てん補の主張を回避することを図り、これらの意図により、花子及び春子から原告に債権譲渡をして訴訟提起をしたものである。

(原告の主張)

花子及び春子が本件各債権譲渡をしたのは、原告の旅館を再建しようとしたものであり、訴訟提起を目的としたものではない。

被告ら主張の①の花子の債務については、同人はこれを争っているものであり、同②の意図はなく、同③については、本件各債権譲渡をしたのは、前橋市農協からの共済金の支払われる前であり、損害てん補の主張を回避する意図などありえない。

2  故意等による事故招致

(被告らの主張)

本件火災は、被保険者春子及び花子、あるいはこれらの者の指示を受けた者、又は春子及び花子に代わって本件建物を事実上使用管理する地位にある者の放火によって招致されたもの、若しくは春子の重過失によってじゃっ起されたものであり、被告らは、本件保険契約一の約款一〇条、本件保険契約二のうち店舗総合の約款二条、長期総合の約款一〇条により免責される。

右は次の事実から明らかである。すなわち、①本件火災は、火の気のない場所から出火したもので、消防署によっても放火とされており、春子及び花子が他人に恨まれていたことはなく、内部の者による可能性が高いこと、②原告の旅館業は平成六年以来損失を計上し、経営は苦しく、本件建物とその敷地は競売を開始され、花子は五億円以上の債務を負担し、いずれも経済的に苦しい状態であったこと、③本件建物の時価は三五〇〇万円程度であり、花子ら原告の関係者により、平成六年より前に三〇〇〇万円の火災共済契約が締結されているのに、平成八年四月一八日には三〇〇〇万円の本件保険契約一の加入がされ、その翌日には三〇〇〇万円の火災共済契約が締結され、多額の保険料あるいは共済掛金が支払われており、その半月ほど後に本件火災となったこと、④原告の旅館建物と敷地は競売中で、火災となっても再築は考えられないこと、⑤花子の夫は暴力団の幹部で、原告の監査役にも就任していること、⑥本件建物では前日宴会が行われ、夜間には無人となり、かつ本件火災の出火場所である二階客室には窓を介して隣の脱衣場の屋上から侵入可能であり、また同所で花子の子供の平太が遊んでいた可能性があるのに、春子は、宴会終了後に巡視や客室の施錠をせず、火災当時右客室の窓が開放状態であったのに、これを確認していなかったこと、以上の事実から、春子及び花子あるいはその関係者の故意による放火か(①〜⑤)、春子の重過失により(⑥)、本件火災に至ったことが明らかである。

(原告の主張)

本件火災発生当時、花子はその家族とともに宇都宮の夫の実家で宿泊中、春子は居宅で就寝中で、いずれも本件火災とは無関係であり、花子は、被告ら主張の債務についてはこれを争っており、春子は担保提供を争っているもので、本件建物等に対する競売は本件建物放火の動機たりえない。窓の開放が春子らがしたものではなく、施錠を失念したに過ぎず、重過失に該当するとはいえない。

3  花子らの損害及びそのてん補

(原告の主張)

本件建物の火災当時の時価は九〇〇〇万円を下ることはなく、動産類のそれは三〇〇〇万円を下ることはない、そして、花子らが前橋市農協から共済金を受領したとしても右損害がてん補されるわけではない。

また、農協共済はその組合員の互助を目的とするもので、共済金の支払は損害のてん補としての性格を有せず、本件各保険契約の約款では、農協共済は重複保険に該当しない旨定められている。

(被告らの主張)

本件建物の評価は三五〇〇万円を超えないところ、花子は、本件建物の火災による共済金六〇〇〇万円の支払を受けている。

本件建物内の動産類の評価は、一二一一万円余であるところ、花子はその共済金として二一六〇万円の支払を受けている。

したがって、本件各保険契約の被保険者である花子及び春子の損害は既に補てんされているものであり、被告らに対して、保険金を請求することは許されない。

4  失火見舞費用保険金の要件該当の有無

(原告の主張)

花子及び春子は、本件各保険契約に関して生計を共にする同居の親族ではなく、失火見舞費用保険金の支給要件に該当する。

(被告らの主張)

花子及び春子は、生計を共にする同居の親族であり、失火見舞費用保険金の支給要件に該当しない。

四  証拠関係は本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

第三  争点に対する判断

一  故意、重過失による事故招致(争点2)

まず、争点2の故意、重過失による事故招致の主張から判断する。

1  被告らの主張の点について順次検討する。

(一) 放火で内部の者による可能性が高いこと(主張①)

(1) 前橋消防署消防司令補作成の火災原因判定書は、本件火災を、放火によるものと断定し、内部関係者によるものか外部の者によるものかいずれとも決めかねるとしている(乙二の3)。

(2) 右原因判定書で放火と判定した理由は、①二階南東角客室(以下「出火客室」という。)北西側押入れの東寄りが出火箇所と判定され、壁面並びに天井等の焼き状況から考察して、火は押入れ内の布団から立ち上がり延焼拡大したと推定されること、②同所付近の電気配線に短絡痕や溶融痕が見分されないこと、③出火客室は当日使用されておらず、タバコの不始末等も考えられないこと等からである(乙二の3)。

更に、火災直後の消防署員による実況見分に際して、出火客室北西側押入れの炭化した布団からベンジンと思われる匂いが検知され、二階南側洗面場前和室の押入れ床板から相当な量の油が検出された(乙二の6)。

右によれば、本件火災は放火によるものと見ることに問題はない。

そして、春子の居住状況や負債の状況、火災保険加入直後に本件火災が起きていることからして、内部関係者特に春子による放火の可能性が考えられるとしながら、出火当時、出火客室南側の東から三枚目の窓が開放されており、同窓には本件建物に隣接する脱衣場、風呂場の屋上からフェンスを越えて侵入することが可能であったことを理由に、外部の者による放火の可能性も否定できないとし、いずれとも判定し難いと結論づけている。

(3) 右原因判定書は、出火原因についての消防署としての判断であって、放火によるとする場合の実行者を特定することを目的としたものとは言えず、現に、警察の捜査とも連携していないこと(証人五代)から、放火の実行者が、内部関係者か外部の者かについてつき詰めた判断までは行っていないと考えられる。そこで、この点について検討を進めるに、右原因判定書の指摘する出火客室の窓の開放の点は、本件建物の外部から進入した者による放火を推論させるものであり、これに関連して、花子は、近くのアパートに外国人が居住しているとか、近くの駐車場で少年がシンナーを吸引していたとか供述するが、これらを裏付ける証拠はないし、また、右事実だけから外部の者による放火を推論することも困難である。かえって、春子及び花子は他人に恨まれていたことはないと供述し、本件主張、立証に現われたものには、春子及び花子が他人に恨まれていたことを窺わせるものはないし、近隣で放火が頻発していたとか、○○旅館に対して嫌がらせ行為があったとかも窺われない。このような事情に加え、内部関係者による場合を仮定しても、外部の者によるものと偽装する手段として窓を開放することもあり得ないではないこと、右窓の施錠やこれが破壊された等の資料のないこと等をも考慮すると、右窓の開放の点も決め手とならず、結局、外部の者による放火の推論を積極的に肯定すべき資料は十分ではないということができる。

(4) 他方、本件火災前後の春子らの行動経過をみるに、本件火災当日は、花子ら家族は栃木県宇都宮市に出かけていた(乙二号証の7、8、原告代表者花子、証人春子)ところ、春子は、普段は本件建物の戸締まりをしていたのに、本件火災当日は、午前七時ころから八時ころまで前日の宴会の後片付けをした後、一階の施錠のみ確認し、出火客室の窓の施錠等を確認せずに本件建物を出たと供述しているが、出火客室の窓が開放されていた理由については、孫(花子の息子)が開けたのかもしれないが、確実なところは分からないなどと曖昧かつ不自然な供述をしている(証人春子、乙二の6、7)。

また、春子は、前橋消防署の実況見分に立ち会った際、消防署員が出火箇所にあった布団からベンジンと思われる臭いがしているのを発見したため、その布団の臭いを嗅いでみるように言われ、何の臭いか聞かれたのに、何の臭いであるかを返答しなかった(乙二号証の6、同付属写真一四八、一四九の指示説明参照)。

(5) 以上のとおり、本件火災は放火によるものであると考えられるところ、外部の者による放火の推論を積極的に肯定すべき資料がない上、春子らの本件火災前後の行動経過には、不自然な点も見られることに照らすと、内部関係者による放火の可能性が低いと言うことはできない。

(二) 原告の経営状態、花子の債務の状況(②)

本件建物等には花子を債務者とし、群馬中央信用金庫を根抵当権者とする極度額五億五〇〇〇万円の根抵当権が設定され、同金庫の申立てにより、平成七年六月二六日競売開始決定がされて同競売手続が進行しており(甲一、乙一四の1〜33)、原告の平成七年及び同八年の各一月末日の決算報告書においてはそれぞれ営業損失を計上し、資産は一〇〇〇万円に満たないのに一四〇〇万円を超える短期借入金があり(甲一四の2、3、乙一二)、本件建物と敷地等の固定資産税も滞納であった(原告代表者花子、乙一四の33)ことからすれば、花子も原告も債務超過の状態にあったといえ、原告の経営状態は苦しかったと見ざるを得ない。

(三) 本件建物の時価、火災保険契約(③)

本件建物又はその収容動産を目的とする火災保険や火災共済の契約状況と本件火災による保険金や共済金の取得状況は次のとおりであり、農協関係の共済金の支払いだけで、九一七七万八六五六円(支払日平成八年九月一二日)となった(甲三〜五、調査嘱託(乙一の5)、弁論の全趣旨)。

以下、①契約年月日、②契約者、相手方、③種類、④共済金額・動産特約の共済金額、⑤支払額(臨時費用等を含む。)である。

(1) ①昭和五七年九月二日

②亡甲野松男、前橋市農協上川淵支所

③火災共済(動産特約付)

④一〇〇〇万円・五〇〇万円

⑤一四九三万二一六五円

(2) ①昭和六一年八月二六日

②春子、前橋市農協荒砥支所

③火災共済(動産特約付)

④二〇〇〇万円・一〇〇〇万円

⑤三一〇二万一一四九円

(3) ①平成八年四月一九日

②花子、前橋市農協上川淵支所

③建物更生共済(目的は建物)

④三〇〇〇万円

⑤三三三二万九七一三円

(4) ①平成八年四月一九日

②花子、前橋市農協上川淵支所

③建物更生共済(目的は家財一式)

④一五〇〇万円

⑤一二四九万五六二九円

(乙一の2ないし5、調査嘱託)

本件建物の時価であるが、前橋消防署消防士長作成の火災損害調査書によれば、本件建物の焼損による損害を八七九七万四五〇〇円としており(甲一一)、当庁の不動産競売事件(平成七年(ケ)第一五五号)における評価人の平成七年八月七日を評価年月日とする評価書においては本件建物の再調達原価は五四三三万九六〇〇円(一平方メートル当たり一二万円)、観察減価修正後の評価を二七一万七〇〇〇円とし(乙一四の29)、興亜火災の依頼した株式会社中央損保鑑定事務所による鑑定書によれば本件火災当時の本件建物の再調達原価を五九六二万八九五五円とし、減価償却後の価額を三五七七万七四〇〇円とする(乙一五)。

右不動産競売事件における評価は、競売という特殊な場面におけるもので、一般化することは相当でなく、また、興亜火災の依頼した鑑定は、保険金を支払う者の依頼であることを考慮する必要があり、これらの点に加えて、前橋市農協が平成八年四月の時点で九〇〇〇万円の火災共済を契約していること、右前橋消防署作成の火災損害調査書は、消防署の取扱要領による材質、耐用年数、面積等を考慮した算定基準により算出されたものであること(証人五代)、農協の共済は本件建物の共済金額が一億一〇〇〇万円であるのに損害としては六〇〇〇万円を支払っていること(甲一三)を勘案すれば、右火災損害調査書の金額を基本として、これが鑑定の専門家によるものでないことから控えめに評価するのが相当であり、これらを総合して七〇〇〇万円と判断する。

また、本件保険契約一に際しては、花子は、農協に建物共済一五〇〇万円と家財共済一〇〇〇万円に入っていることだけを告げて契約し(乙一九添付資料一)、右(4)の平成八年四月一九日農協共済加入に際しては、他の共済(保険)の有無について、一〇〇〇万円の農協共済だけを告げて加入している(乙一の4。なお、花子は、以前の共済について春子からはっきり聞いていなかったと供述するが、共済掛金は月払いであったものであり(乙一の2、3)、後記のとおり保険を見直したとする花子がこれを把握していなかったというのも信じ難い。)。

以上によれば、七〇〇〇万円の建物に、既に平成六年より前に、花子ら原告の関係者により三〇〇〇万円の火災共済契約がなされていたのに、いずれも、既に契約されている保険や共済の全体の告知がされずに、少なくとも、平成八年四月一八日には三〇〇〇万円の本件保険契約一の加入がされ、その翌日には建物を目的とするものだけで三〇〇〇万円の建物更生共済契約が締結され、これらに伴って多額の保険料あるいは共済掛金が支払われ(春子は、日産火災に対する保険料の支払いのために保険契約締結日に五〇万円を借り入れ、保険金請求権等に質権を設定している(乙六の2、一一)。)、その半月ほど後に本件火災となったもので、経過としては極めて不自然である。

(四) 本件建物の再築可能性(④)

既に判示のとおり、本件建物と敷地は競売中であり、花子も多額の債務を負担し、原告の経営状態も芳しくなかったことからすれば、通常であれば、本件建物が火災となって、その保険金等が入ったとしても、敷地の確保の問題もあり(保険金に対する担保権者の代位の問題もある。)、その再築は困難な状況にあったと見るのが素直であろう。

2  以上の諸点を総合して検討する。

既に判示の諸点、特に、本件火災は放火によるとみられるもので、その発火場所は、出火客室の押入れの中と推定されること、花子らが他人に恨まれていたことはないこと、花子らは、保険の掛け金を支払うことさえ容易ではない経済的状況にあったにもかかわらず、本件火災の直前に、二日にわたって、高額の保険契約等を締結しており、その結果、本件建物を目的とする保険契約等に限っても、本件建物が火災となったときはその時価を優に超過するほどの保険金が支払われる状況になったこと、そして、その一月も経たない内に本件火災となっていること、原告の経営状態は芳しくなく、花子も多額の債務を負っており、本件建物とその敷地は競売中であり、保険金が出ても旅館の再建の見通しは難しいと見られることに加え、本件火災後、イイダインダストリーの田村カズオと名乗る者から原告の代理人と称して日産火災に対し、再三支払いの督促がされていたこと(証人小池、乙二〇)等を総合すれば、花子らが多額の保険契約や共済加入したことは極めて不自然と言わざるを得ない。

3  原告の主張する点、花子らの供述する点について

原告は、①本件火災発生当時、花子はその家族とともに宇都宮の夫の実家で宿泊中であり、春子は居宅で就寝中で、いずれも本件火災とは無関係であること、②花子は、被告ら主張の債務についてはこれを争っており、春子は担保提供を争っているもので、本件建物等に対する競売は本件建物放火の動機たりえないことを主張する。確かに、右①の本件火災発生当時、花子はその家族とともに宇都宮の夫の実家で宿泊中であり、春子は居宅で就寝中であったことはこれを認めることができる(乙二の7、8、証人甲野春子、原告代表者花子)。しかし、右事実は、花子や春子が直接本件火災に関与することができないというに止まり、間接的に関与する可能性までを否定しさるものということはできない。また、右②については、花子が債務を争っているといっても、競売の進行を停止させる積極的行為をしている節はなく、春子の担保提供は○○旅館の建物敷地の一部に過ぎず(乙一四の18。弁論の全趣旨)、これとて、重きを置くことはできない。

花子は、保険契約や共済加入の動機について、③子供の甲野平太が交通事故に遇って保険の大切さを再認識し、保険を見直して見た旨を供述し、証拠(甲一五の1〜4)によれば、右平太が平成八年三月一九日交通事故に遇い、鎖骨骨折等の傷害を受けたところ、加害者から損害賠償額の確定を求める調停を申し立てられ、同年一一月一八日に既に支払った金員をもって賠償金に当て、お互いに何らの請求をしない旨の調停が成立したことなど、右③に沿う事実を認めることができる。右花子の供述はそれ自体尤もな面があるが、保険を見直したとの点は、同人が既に契約されていた保険や共済の全体を把握していなかったと供述することと整合しない(見直すのであれば、まず現状の保険契約等の状況を把握するのが通常であり、春子に聞けばその資料は容易に入手できたはずである。)し、右平太の交通事故だけでは、前記のとおり、本件建物評価額に比較して、相当過大の保険契約や共済加入がされたことの説明としては、なお合理性があるものとは言い難い。

4 以上を総合勘案すれば、被告らが主張するように、本件火災は、本件保険契約一及び二の保険契約者あるいは被保険者の意を受けた者の故意によって招致されたものと推認せざるを得ず、右推認を妨げるに足りる事実の立証はないと言わざるをえない。

第四  結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田村洋三 裁判官舘内比佐志 裁判官北岡久美子)

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